「ザ・リング」

2002年11月15日
余裕が無いと言ってる側からデート。お互い忙しくしていて20日振りに再会。
昼過ぎ、前々から一度行くと伝えてあった友人の働く某ラーメン店へ行く。
昨年、大学卒業して勤めた企業での営業職を辞し転職をした彼であったが、当に天職、と言える程の職に巡り合った彼はとても生き生きして見えた。声も人一倍大きく、元気良い事この上無し。
向上心旺盛な君はきっとこれからもっと大きいもの掴んで行くんだろうね。忙しい中サービスしてくれて有難うね。

それから銀座へ移動しお菓子を買って、恋人君の知合いの画廊へ。
難しい事は分からないけれど、絵は昔から好き。と言うよりも私の場合「この絵を描く人はどういう人間だろう」という興味によるものが大きい。想像を膨らませながら絵を観る行為が好き、なのだ。
読書も同じで、矢張り一番の興味・関心の対象は文章を書く人間そのものにある。
少し暗めの独特のタッチで描かれた、表情の無い人間像。画廊に飾られていた9点の油絵。
恋人君の知合いは、ふんわり、やんわりとした雰囲気を身に纏った落ち着いた感じの20代後半の女性だった。

それから上映中の映画「ザ・リング」を観に行く。
観たい、と言い出したのは他でも無く私であるが、ガクガクブルブルしている私と対照的に全く動じる事の無い恋人君。少しは怖がってみたらどうだ。

私が鈴木光司の「リング」を勧められて読んだのは、世間的に「貞子」がブームになる3年ほど前の、高校2年の夏。
全く予備知識?の無いままに読み出したので、兎に角大変にグロテスクで恐ろしい想像が一人歩きしていた記憶がある。
ホラーが決して好きというわけではない。ただ好奇心がそれを凌駕してしまうのだと自分では解釈している。呪いのビデオが実在したら、観てしまう自信があるよ私。

『サイン』も観たい、と恋人君に言ったら「さっきは観ている途中でやっぱり止めれば良かった、とか言ってた癖に」と半ば呆れられた。
そうそう、しかも夜半その映像がフラッシュバックして寝付けなくなったりするのにね。それでも映画館に入ってしまう私はもしや真性マゾ?ホラー中毒患者?

その後、些細な事で恋人君と言い合いになり、カフェでおよそ2時間にも渉って口論。
尤も2時間の内、1時間45分は私が口を開いていたのであるが。
以前は私も、何も言わなくても分り合える、恋人同志なら黙っていても心で通じ合う筈。と根拠無く信じ込んでいた節があった。
甘えだ。
言葉による感情表現で他者に伝播する事の努力を放棄して、それを相手に推して量らせようとするのは、明らかに相手に依存している関係だ。幼稚で、稚拙な考えだ。
伝えたい事は、どんなに難しくても言葉にする。
言葉にする事で歪曲化してしまう微細な感情も、それを含めて自分自身だ。
甘えない。
難しい事だから、意味がある。

2時間後、笑顔でワインを飲む私と恋人君。この笑顔とワインが私達にあれば良いね。

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